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サステナブル・オフィサーズ 第7回

日立DNAがCSR/CSV経営のよりどころ―荒木 由季子・日立製作所 理事

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Interviewee
荒木 由季子・日立製作所 理事、法務・コミュニケーション統括本部CSR・環境戦略本部長兼ヘルスケアBU渉外本部長
Interviewer
川村 雅彦・オルタナ総研フェロー

2016年4月、日立製作所は大規模な組織変革に乗り出した。プロダクトではなくソリューションで顧客へ価値を提供する「顧客対応重視」と「デジタルソリューション」を経営の柱に据えた。抜本的な組織改編から8か月が経ち、サステナビリティレポートと新たな統合報告書を発行した統括部署の荒木由季子理事に、日立が取り組むCSR/CSVについて聞いた。

サステナビリティレポートと統合報告書を発行する理由

川村:「日立サステナビリティレポート2016」は簡潔でとても分かりやすいですね。構成が実によくできています。これとは別に「日立統合報告書2016」も発行されていますが、それぞれ作られた理由は何でしょうか。

荒木:日立は事業内容が広く、従来のサステナビリティレポートではすべてを網羅しようとして、重点的項目が分かりにくいところがありました。毎年、改善に努めてきたのですが、経営から独立してCSR活動があるわけではないので、何故CSRに取り組むのかを説明するには、事業内容と併せなくてはいけないと考えるようになりました。

報告書を作成するにあたり、内部でかなり議論しました。財務・非財務情報を掲載した統合報告書だけあればよいのではないかという意見もありました。ただ、サステナビリティレポートを誰に向けて作るのかを考えると、6月の株主総会に向けて作るのは難しい。開示できる情報が中途半端になってしまうからです。

四半期ごとの決算のタイミングを考えると、ある程度の内容を開示出来るのは秋です。ESG情報の開示も求められているので、統合報告書とは別にサステナビリティレポートもきちんと出そうと判断しました。統合報告書は、社会イノベーション事業をアピールできるように努めました。

川村:貴社の企業報告の考え方は、基本的にGRI(持続可能性報告書ガイドライン)やIIRC(国際統合報告評議会)の問題意識と同じだと感じます。

先進的な「日立グループ人権方針」

川村:コーポレートのCSR担当者は何名いらっしゃいますか。

荒木:本社のCSR部門は4つに分かれ、総勢20名くらいです。今の体制になって丸3年経ちました。グローバルには地域統括会社があり、それぞれに担当者がいます。

川村:2013年に策定された「日立グループ人権方針」は大変素晴らしい。日本企業でここまでのものはありません。ソフトローをベースにしたものであり、トップレベルにあると思います。

荒木:国連の「ビジネスと人権に関する指導原則」を踏襲しました。トップダウンで策定を決めたのですが、その内容をどう現場に浸透させるかが今後の課題です。

川村:インドでは2013年に施行された新会社法で、平均純利益の2%以上をCSR活動に支出するよう義務付けています。インドでのビジネス展開ではどうされていますか。

荒木:現地NGOに入ってもらいましたが、模索段階です。最初の年はヘルスケアに注力し、女性の検診率を上げるために検診車を提供しました。どのような企業ブランディングになるかは、活動の継続性で変わってくると思います。東南アジアでは国の方針がそれぞれ異なるので、情報収集を精力的に行っています。

SDGs(持続可能な開発目標)への対応

荒木:日立グループの環境長期目標「日立環境イノベーション2050」を9月に策定しました。その後、実際に事業現場で回していくプロセスを検討しています。グループ内に周知しなくてはならない私どもとしては、「パリ協定」の合意はよい契機となっています。

しかし、「SDGs」は日本のメディアでの取り上げ方が鈍いですね。もっと取り上げられると社内浸透に役立つと思います。日本政府が提唱するSociety 5.0の取り組みでは東京大学とコラボレーションしていますが、五神真総長はSDGsはグローバルな社会の要請なので重要だと言われています。

川村:他の企業でもSDGsにどう取り組むかは、大きなテーマになっています。自社のCSRにきちんとSDGs の17目標と169項目が入っているかどうか、チェックリストとして使っている日本企業が多いようです。

荒木:SDGsは社会的課題を整理したものなので、自社事業と紐づけるととても分かりやすいし、社会に対しても説明しやすいと思います。当社は事業全体をデジタルソリューションへ移行しているところですので、SDGsと関連付けて企業価値を上げていきたいと考えています。そのためにはSDGsを何とかグループ企業に浸透させることが必要です。

「日立環境イノベーション2050」の取り組み

荒木:「日立環境イノベーション2050」には環境の長期目標が3分野ありますが、一つ目の「低炭素社会」、つまり気候変動対策は当社でも大きく貢献していける分野です。社内では事業ポートフォリオの見直しが始まっています。CSR部署としては、会社の事業ポートフォリオを低炭素化に移行していこうと考えています。

川村:それはぜひ外に向けても発信してください。ただ、「低炭素」ではなく、プロセスとプロダクトの両面で炭素排出をゼロにすることを目標にした「脱炭素」という表現を使ってほしいと思います。これはパリ協定そのものですから。

次に、二番目の「高度循環社会」の取り組みについて教えてください。

荒木:廃棄物のゼロエミッション化を含めて、資源利用効率の向上に取り組んでいます。水については事業所内で使用する水は循環させ、新規の水の使用料を減らしていきます。鉱物資源は製品のリサイクルはもちろんのこと、その使用自体を減らしていくことに取り組んでいます。

川村:最後の目標「自然共生社会」は、具体的にどういう取り組みなのでしょうか。

荒木:ソリューションビジネスとしては中国やインドで問題となっている大気汚染の解決を目指しています。工場建設では事前に環境調査を行い、生物多様性に配慮しています。調達において、使用する紙はFSC森林認証を取得したものを使用しています。

ISO26000べースのCSR体系

川村:CSR/CSV経営では、まず自社のCSRフレームワークを構築して体系化するのが一般的ですが、日立ではISO26000をベースに体系化されていて実にスマートです。ガバナンスも認識され、「社会イノベーション事業」という名称で自社のCSVもはっきりさせています。社員は理解しやすく、ビジネスチャンスにもつながっているように見えます。

荒木:ISO26000を取り入れる前は、独自のCSR項目に基づいていました。枠組みを見直す中で、特にCSRのPDCAを回せるように工夫しました。

川村:「日立グループ人権方針」もその流れにあると思いますが、それをもっとアピールされてもよいと思いますが。

荒木:日立グループと言っていますが、上場会社もグループに入っていますので、グループ会社のすべてが同じフレームワークでやっていけるのかという懸念もあります。基本フレームワークの中でマテリアリティが変わっていくこともありますので、無理に統一するのでなく、各社の柔軟なレベルアップのために参考にしてほしいと考えています。

川村:それも一つの考え方ですね。それでは、CSRマネジメント体制の中枢である「CSR推進チーム」にはどういう機能があるのでしょうか。

荒木:コーポレートの部長クラスが集まり、各部門で中期経営計画と連携させてCSRをどう進めるかを議論しています。CSR部門だけでは回せないので、CSや労政・人事を含む14の実務部門からなっています。

川村:よくあるのは意思決定のためのCSR委員会の設置ですが、日立では実務の現場を巻き込んでいてとてもユニークです。サステナビリティレポートでは、GRIガイドラインの提唱するマネージメント・アプローチを明確にしているところが素晴らしいですね。

荒木:サステナビリティレポートはGRI・G4の影響を受けています。グローバル事業を展開する企業として、社会のニーズを表した指標が必要だと思います。

川村:SASB(サステナビリティ会計基準審議会)が発行した、米国の上場企業向けのサステナビリティ会計基準「SASB standards」はどのように認識されていますか。

荒木:社会的観点から多くの開示を求めていて、正直、対応しきれないところもあります。当社は米国では上場はしていませんので、情報開示はGRIを主に参照しています。

日立DNAは企業経営のよりどころ

川村:ISO26000の7つの中核主題のひとつ「労働慣行」では、ダイバーシティ&インクルージョンを推進されています。キーワードの「ダイバーシティfor NEXT 100」の100という数字は何を指しているのでしょうか。

荒木:「次の100年をめざして」という意味です。日本でダイバーシティと言えば、女性登用がクローズアップされてしまいますが、属性の異なる多様な人材が活躍できる体制や仕組みをどう構築するかが経営課題です。グローバルな人材育成は企業価値向上そのものであるという認識です。

川村:「2018中期経営計画」では、海外売上高比率50%目標を掲げています。それに伴い海外調達比率も高まり、調達のCSR課題が増えているのではないかと思います。日本型CSRを活かしつつも、持続可能な社会を目指してグローバルビジネスを展開していくのが、日立のCSR/CSV経営だと理解してよろしいでしょうか。

荒木:そのとおりです。海外地域拠点にCSR部門がありますが、地域によって社会的課題が違いますので、現地で対応できる部門があることは強みだと思います。それぞれの地域の事情を本社の施策に取り入れて、グローバルなサプライチェーン・マネジメントに取り組んでいます。

川村:CSR/CSV経営で参考にしている海外企業はありますか。

荒木:ベンチマーク企業はあります。B to Bビジネスが中心ですが、B to Cの事例も参考になります。どんな課題があるかを知るのは必要ですし、参考にするだけではなく、ビジネスとしても貢献できるのではないかと考えています。

ベンチマーキングはチャンスであり、お客様に向けた情報提供や提案ができることが社会イノベーション事業だと思います。常にアンテナを高くして、どういう社会的課題があり、お客様は何に関心があるのかを知る必要があります。

川村:時代が大きく変化している中で、そういうビジネス感覚は非常に大切だと思います。

荒木:グローバル化の中でも日立DNAを受け継ぎ、事業で利益を得るだけでなく、同時に事業を通じて社会的課題の解決にも取り組み、世の中の動きとともに変化していきます。根底にある日立DNAは不変であり、私どものよりどころとなっています。

川村:本日は貴重なお話し、ありがとうございました。

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荒木 由季子 (あらき・ゆきこ)
荒木 由季子 (あらき・ゆきこ)

1983年3月東京大学工学部卒業後、4月通商産業省(現・経済産業省)入省。1988年8月米国マサチューセッツ工科大学大学院(政治学科)修了。通商産業省 医療・福祉機器産業室長、経済産業省 商務流通グループ博覧会推進室長、資源エネルギー庁新エネルギー対策課長、国土交通省総合政策局 観光経済課長を歴任。2008年7月山形県副知事に就任。2012年8月経済産業省を辞職後、同年12月に日立製作所に入社、CSR本部長、地球環境戦略室室員に就任。2015年4月理事に就任し、現在は、CSR・環境戦略本部長およびヘルスケアビジネスユニット 渉外本部長を務める。

川村雅彦
インタビュアー川村 雅彦 (かわむら・まさひこ)

前オルタナ総研 所長・首席研究員。前CSR部員塾・塾長。九州大学大学院工学研究科修士課程修了(土木)。三井海洋開発㈱を経て㈱ニッセイ基礎研究所入社、ESG研究室長を務め、現在は客員研究員。環境経営、環境ビジネス、CSR経営、統合思考・報告、気候変動適応を中心に調査研究・コンサルティングに従事。(認定NPO法人)環境経営学会の副会長、(一社)サステナビリティ人材開発機構の代表理事。論文、講演、第三者意見多数。主要著書は『環境経営入門』『カーボン・ディスクロージャー』『統合報告の新潮流』『CSR経営 パーフェクトガイド』『統合思考とESG投資』など。