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サステナブル・オフィサーズ 第2回

近江の里山をオーガニック農業の拠点に――山本 昌仁・たねや社長

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Interviewee
山本 昌仁・たねやグループCEO、たねや代表取締役社長
Interviewer
森 摂・オルタナ編集長
山本社長は近江の地を「オーガニックの拠点にしたい」と語る

近江商人に端を発する企業といえば伊藤忠商事や高島屋が有名だが、今なお近江に拠点を置き、本業を貫く企業に「たねや」がある。和洋菓子店を合わせた売上高は200億円を超え、全国的な知名度も上がった。山本昌仁社長の夢は、近江八幡の広大な地に、森・里・海(湖)を含む美しい里山をつくり、オーガニック農業の拠点にすることだという。

森:近江商人は「売り手よし」「買い手よし」「世間よし」という日本型CSRの「三方よし」で知られています。この言葉自体は戦後にできた言葉だそうですが、創業145年のたねやでは、どのように伝わっていますか。

山本:確かに、家で「三方よし」と言われたことはありません。しかし、「当社は地域に生かされている」ことは常々教わってきました。そもそも会社という存在そのものが地域に根差した地域のものとなることが大事なこと。そして、里山の美しさなど近江ならではの自然にもっと学ぶことが大事だと教わりました。

森:それはお父さん(前社長)からですか。

山本:父親だけではなく、地域の人にも教わりました。商工会議所、青年会議所や滋賀経済同友会の先輩経営者たちからです。商売だけではなく、生き方そのもの、近江八幡を愛する気持ちを受け継ぎました。

近江八幡を自分の家と思え。自分の家とするならば、全体を考えろ。八幡山があって、この店がある。その店の前には水郷がある。それを考えないと、場違いになる、と。この八幡山は、豊臣秀次の拠点でした。店の前の濠も秀次が作りました。その濠は、かつてどぶ川になった時もありました。それを蘇らせようと、父の世代が若い時に清掃活動をやったそうです。

森:その八幡山のふもとに、たねやの本店がある日牟禮(ひむれ)八幡宮があり、近江商人は全国に旅立つ前や帰郷した時には必ずお参りをしていたそうですね。

山本:ただ儲けて終わりではなく、ビジネスを通じて、水、空気、森、里、海の連携ができていることが大事なのです。私たちさえ良ければ良い、というものではありません。近江に根ざした建築家のウィリアム・ヴォーリズさんの建物も、近江八幡の風景に溶け込むように作ったそうです。

森:近江商人は、てんびん棒を担いで北海道から九州まで全国を訪れ、その地に通い、商いを広げるという「他国商い」を展開していました。「三方よし」も進出先の地域との共生に努めたそうですね。

山本:地域に行ったら、その地に「溶け込む」ことを最重要視していたそうです。まず、その地域はどういう特徴を持っているのかをリサーチする。そして共に栄えることを考える。金沢に今でもある「近江町市場」は近江商人がつくりました。北海道の「松前煮」も近江商人がつくったそうです。他国に出て、何もなかった街をにぎやかにして帰ってくるのが近江商人の真髄です。

森:たねやも、その精神を引き継いでいるわけですね。

山本:お菓子屋は地域で生きています。20年前には東京での売上高が半分くらいあった時期がありました。しかし、今は関西3分の1、関東3分の1、近江が3分の1くらいです。以前は目線が東京だった時もありましたが、もう出店エリアは広げません。近江に来て頂ければ、地域も潤うのです。弊社の「ラ コリーナ」だけで今年は200万人の来店客が見込まれます。そうなれば、滋賀県でナンバー1の観光名所になります。

森:その「ラ コリーナ」とは、本店近くにある新しい販売拠点ですね。

山本:2015年1月にオープンしました。「ラ コリーナ」という名前はイタリア語で「丘」という意味です。屋根が芝で覆われた、ユニークな作りの建物です。前々から、全国から来て頂けるような店を作りたかった。場所も良い。八幡の山は鶴翼の形をしていて、その中ほどの胸の位置にあるパワースポットです。

敷地全体は35000坪、甲子園球場3つ分あります。昨年は店舗兼カフェの大きな建物がオープンしましたが、それは一部に過ぎません。敷地の真ん中には棚田があり、その周りには季節野菜の畑。もちろん、農薬は使いません。また、山野草や敷地全体の造園などの拠点である「たねや農藝」もあります。この土地を「オーガニックの拠点」にしていきたいのです。

森:「ラ コリーナ」をつくった意図はどこにありますか。

山本:近江の土地に根付いていた、原風景を取り戻したいのです。便利なだけの施設では意味がありません。メインの建物は、東京大学の藤森照信・名誉教授に設計をして頂きました。芝は、藤森先生のアイデア。あの八幡山に合うようにとお願いしたら、八幡山の前にもう一つの山のような丘をつくることになったのです。

この土地は、以前は荒れていました。放置竹林が多かったのですが、整備して、竹はチップにしています。イノシシや他の野生動物も出ます。だからこと人間が共存していかなければなりません。

森:たねやのCSRは「よもぎ」から始まったそうですね。

山本:以前は、よもぎ餅の「よもぎ」は中国産を使っていました。ところが、現地ではマスクをして農薬を撒くことを知り、これは酷いと。そこで、市内の永源寺地区に一反の畑をつくり、農薬を使わずに栽培を始めました。最初は、一部だけ無農薬だと、虫が来るので早く農薬を撒けと近所の方々に怒られましたが、今では地区全体に無農薬の畑が広がりました。

森:企業内に「おにぎり保育園」を作ったのが2004年と、かなり早かったですね。

山本:当社はスタッフに女性が多いのです。ところが、せっかく技術を覚えたのに、子どもができたら辞めてしまう。だったら、辞めないで済む方法をということで、保育園を開きました。

保育園では自分たちが育てた無農薬野菜を料理しています。子どもたちに、野菜の好き嫌いがなくなりました。『ラ コリーナ』の中にも二つ目の保育園『森の保育園』を作ろうと考えています。

森:世界の若者たちからグローバル・リーダーを育てるワークショップ「NELIS」を応援していますね。

山本:以前から、近江八幡から世界へ出せる人材を育てたいと思っていました。その時、主宰者であるピーター・D・ピーターゼン氏から構想を聞いたのです。そこで、昨年、世界から優秀な若者たちを近江八幡に集めました。去年25人が参加し、今年も35人に来てもらう予定です。滋賀県の知事も応援してくれています。

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山本 昌仁(やまもと・まさひと)
山本 昌仁(やまもと・まさひと)

1969年8月滋賀県近江八幡市生まれ。(46歳)
19歳から和菓子作りの修行を重ね、1990年3月株式会社たねや入社。1994年第22回全国菓子大博覧会で、工芸菓子「長閑(のどか)なるかな」を出品し、博覧会名誉総裁の寬仁親王が審査をされる最高賞「名誉総裁工芸文化賞」を25歳最年少授与。2011年3月十代目当主たねや四代目を承継。代表取締役社長を経て2013年4月たねやグループCEOに就任、現在に至る。

森 摂
インタビュアー森 摂 (もり・せつ)

株式会社オルタナ代表取締役社長・編集長。東京外国語大学スペイン語学科を卒業後、日本経済新聞社入社。1998年-2001年ロサンゼルス支局長。2006年9月、株式会社オルタナを設立、現在に至る。主な著書に『未来に選ばれる会社-CSRから始まるソーシャル・ブランディング』(学芸出版社、2015年)、『ブランドのDNA』(日経ビジネス、片平秀貴・元東京大学教授と共著、2005年)など。訳書に、パタゴニア創業者イヴォン・シュイナードの経営論「社員をサーフィンに行かせよう」(東洋経済新報社、2007年)がある。一般社団法人グリーン経営者フォーラム代表理事。特定非営利活動法人在外ジャーナリスト協会理事長。